開業に向けて動き出すと、想像以上に多くの書類の提出を求められて戸惑う先生も少なくないのではないでしょうか。
保健所への診療所開設届や厚生局への保険医療機関指定申請の準備に追われるなかで、税務署に提出する「開業届」の位置づけがあいまいなまま後回しになっているケースもよく見られます。
開業届は他の届出と混同されやすいものの、記入項目自体は難しくなく、要点を押さえれば短時間で仕上げられる書類です。この記事では、以下の内容を順に解説します。
- ・開業届の提出期限と、診療所開設届・保険医療機関指定申請との違い
- ・記入項目ごとの書き方と、医師ならではの記入例
- ・必要書類と入手方法
- ・税務署窓口・郵送・e-Taxそれぞれの提出方法
- ・e-Taxで提出する際につまずきやすいポイント
診療の合間の限られた時間で確実に終わらせられるよう、順を追って見ていきましょう。
目次
開業届とは?医師が知っておきたい提出義務と期限
開業に向けて動き始めると、保健所や厚生局への提出書類が次々と目に入り、税務署に出す開業届の位置づけが後回しになりがちです。まずは、開業届が何のためにある書類で、いつまでに出す必要があるのかを整理しておきましょう。
開業届(個人事業の開業・廃業等届出書)とは
開業届の正式名称は「個人事業の開業・廃業等届出書」です。所得税法に基づき、事業所得を生ずべき事業を開始した事実を税務署に知らせるための書類で、法人ではなく個人としてクリニックを開設する医師が対象になります。
すでに医療法人を設立している場合や、勤務医のまま副業として非常勤診療を行う場合など、立場によって必要かどうかが変わる点にも注意しておくとよいでしょう。
提出期限は「確定申告期限まで」に改正
提出期限は、所得税法第229条の改正により、令和8年(2026年)1月1日以後に開業した場合、事業を開始した日の属する年分の所得税の確定申告期限までに変更されました。
たとえば2026年6月に開業した場合、提出期限は2027年3月15日(2026年分の確定申告期限)です。提出期限が土曜・日曜・祝日にあたる場合は、その翌日が期限になります。
出典:A1-5個人事業の開業届出・廃業届出等手続|国税庁
https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/shinkoku/annai/04.htm
なお、2025年12月31日までに開業した場合は、従来どおり「開業日から1か月以内」が期限です。
確定申告期限まででよいなら急がなくてもと思う先生もいるかもしれませんが、青色申告承認申請書には別途の提出期限(原則3月15日、開業日が1月16日以降の場合は開業日から2か月以内)があるため、開業届を後回しにすると青色申告の適用開始が遅れるおそれがあります。
手続きはまとめて早めに済ませておくのが安心です。
診療所開設届・保険医療機関指定申請との違い
クリニック開業では、税務署への開業届のほかに、保健所への診療所開設届、厚生局への保険医療機関指定申請という、似て非なる3つの手続きが並行して発生します。提出先・期限がそれぞれ異なるため、混同しないよう整理しておきましょう。
| 手続き | 提出先 | 目的 | 期限の目安 |
|---|---|---|---|
| 開業届 | 税務署 | 個人事業の開始を税務上届け出る | 開業年分の確定申告期限まで(2025年以前の開業は1か月以内) |
| 診療所開設届 | 保健所 | 医療機関としての開設を届け出る | 開設後10日以内 |
| 保険医療機関指定申請 | 地方厚生局 | 保険診療を行うための指定を受ける | 毎月10日前後締切(自治体により異なる) |
出典:【医療法】診療所開設届(医師、歯科医師による開設)|千葉県
https://www.pref.chiba.lg.jp/iryou/tetsuzuki/200/13080-new8.html
保険診療を開業日から行いたい場合は、診療所開設届の受理後でなければ保険医療機関指定申請ができないため、逆算したスケジュール管理が必要です。開業届は税務上の手続きにすぎず、これら医療系の届出とは独立して進めて構いません。
開業届の書き方|記入項目ごとの解説と医師の記入例
実際に届出書を手にすると、特に「職業」欄や「屋号」欄で、医師としてどう書けばよいのか迷う先生は少なくありません。ここでは、書式の各項目を順番に確認していきます。
提出先税務署・提出日・納税地
書式の上部には、提出先の税務署名と提出日を記入します。
提出先は、納税地を所轄する税務署です。納税地は原則として住民票上の住所地となり、事業所(クリニック)の所在地とは異なる場合、「上記以外の住所地・事業所等」欄に事業所の住所を併記します。
氏名・生年月日・マイナンバー
氏名・フリガナ・生年月日・個人番号(マイナンバー)を記入します。
e-Taxで提出する場合は本人確認書類の提示・写しの添付は不要ですが、書面提出でマイナンバーを記載する場合は、提出のたびに本人確認書類の提示または写しの添付が必要になる点は前述のとおりです。
職業欄の書き方|医師の記入例
職業欄には、開業後に従事する職業を具体的に記入します。医師の場合は「医業」または「内科医業」「小児科医業」のように診療科を含めて記載するのが一般的です。
- ・内科クリニックを開業する場合:職業「医業」
- ・特定の診療科を前面に出したい場合:職業「〇〇科医業」
- ・複数の診療を行う場合:メインとなる診療科を記載
この職業欄の記載は、都道府県の個人事業税の課税判定にも関わる点に注意が必要です。医業は個人事業税の法定業種(第三種事業)に該当し、税率は原則5%が適用されますが、社会保険診療報酬に係る所得は非課税とする特例があります。
開業初年度から自由診療の比率を把握しておくと、確定申告時の按分作業がスムーズになるでしょう。
出典:Q6-7医業等に係る個人事業税額の計算方法を教えてください。|鳥取県
https://www.pref.tottori.lg.jp/297991.htm
屋号(医院名)の記載
屋号欄は任意記載で、空欄でも提出できます。
医院名を決めている場合はここに記載して差し支えありませんが、保健所へ提出する診療所開設届の名称と表記を揃えておくと、後続の手続きで混乱が生じにくくなります。
届出の区分・所得の種類・開業日
「届出の区分」は「開業」に、「所得の種類」は「事業(農業)所得」にチェックを入れます。
開業日は、実際に事業を開始した日(初診日や賃貸契約の締結日など、実態に即した日)を記入します。
事業の概要欄の書き方|医師の記入例
事業の概要欄には、職業欄に書いた内容をより具体的に説明します。
そこまで細かく書く必要があるのかと思う先生もいるかもしれませんが、税務署が事業内容を正確に把握するための欄なので、簡潔でも実態に沿った記載が望ましいところです。
- ・内科クリニックの場合:「内科診療、一般外来診療」
- ・皮膚科クリニックの場合:「皮膚科診療、一般外来診療、美容皮膚科診療」
- ・複数科を標榜する場合:「内科・小児科の診療」
給与等の支払の状況|スタッフを雇用する場合
看護師や受付事務など従業員を雇用する場合は、「給与等の支払の状況」欄に人数・給与の定め方などを記入します。
あわせて「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」の提出も必要になるため、開業届と同時に準備しておくと二度手間になりません。
開業届の必要書類と入手方法
書き方が把握できたところで、次は「どこで様式を手に入れ、何を揃えて提出すればよいのか」を確認していきます。
開業届(様式)の入手方法|国税庁サイト・税務署窓口
開業届の様式は、国税庁のホームページからPDFをダウンロードできるほか、所轄税務署の窓口でも入手可能です。わざわざ税務署へ足を運ばなくても手続きできるのかと思う先生もいるかもしれませんが、様式の入手自体はオンラインで完結できます。
ダウンロードしたPDFは、パソコン上で入力してから印刷することも可能です。ただし、作業場所を保存せずに入力すると、内容が保存されない場合があるため注意してください。
出典:(個人の方)開業する場合|国税庁
https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/shinkoku/annai/42.htm
提出時に必要な本人確認書類
窓口や郵送で提出する場合、マイナンバー(個人番号)を記載した届出書には、その都度本人確認書類の提示または写しの添付が必要です。
マイナンバーカードを持っていれば1枚で完結しますが、持っていない場合は通知カードなどの番号確認書類に加えて、運転免許証や保険証などの身元確認書類をあわせて用意します。
e-Taxで提出する場合は、この本人確認書類の提示・添付は不要です。
開業届と同時に提出しておきたい書類
開業届だけを提出しても、青色申告など税務上の特典は自動的には受けられません。個人が新たに事業を始める際には、状況に応じて次のような書類の提出もあわせて検討します。
- ・所得税の青色申告承認申請書(最大65万円の青色申告特別控除を受けたい場合)
- ・給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書(看護師・事務スタッフを雇用する場合)
- ・適格請求書発行事業者の登録申請書(インボイス登録を行う場合)
- ・源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書(給与の源泉徴収を年2回にまとめたい場合)
出典:No.2090新たに事業を始めたときの届出など|国税庁
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2090.htm
いずれも必要性は業態によって異なるため、判断に迷う場合は所轄税務署や顧問税理士に確認しておくと安心です。
開業届の提出方法|税務署窓口・郵送・e-Tax
必要書類が揃ったら、いよいよ提出です。診療の合間に平日の日中窓口へ足を運ぶのが難しいという先生も多いはずですが、開業届の提出方法は1つではありません。
税務署の窓口で提出する
窓口の開庁時間は8時30分から17時までです。土曜・日曜・祝日等の閉庁日は受付を行っていませんが、税務署に設置された時間外収受箱への投函でも提出できます。
窓口では、その場で控えに収受印をもらえる、あるいは提出用と控用の両方を持参することで受理の証明を得られる点がメリットです。
診療の予定を調整して直接出向く先生は、提出用と控用を1部ずつ用意し、忘れずに両方持参するようにしましょう。
郵送で提出する
郵送の場合は、届出書の提出用・控用の両方と、返信用封筒(切手貼付・自院の宛先記入済み)を同封します。控えが返送されてくるまでに数日かかるため、開業準備のスケジュールに余裕を持たせておくとよいでしょう。
窓口に出向く時間が取りにくい先生にとっては、平日の勤務時間を気にせず準備できる方法です。
e-Taxで提出する
e-Taxを使えば、税務署の開庁時間を気にせず、24時間いつでもオンラインで提出できます。診療準備で日中の時間が取りにくい先生にとっては、有力な選択肢です。
ただし、e-Taxでの提出には後述するいくつかの落とし穴があるため、次の章で手順とあわせて詳しく確認していきます。
開業届をe-Taxで提出するやり方|パソコン・スマホの手順
e-Taxで開業届を出そうとサイトにアクセスしたものの、開業届のメニューが見当たらず、戸惑ってしまった先生もいるのではないでしょうか。実はこれ、多くの方が最初につまずくポイントです。
e-Taxソフト(WEB版)では開業届が作成できない
国税庁が提供するe-Taxソフト(WEB版、パソコンやスマホのブラウザからそのままログインして使えるタイプのサービス)で作成できる手続きには、所得税の青色申告承認申請や消費税関連の届出などが含まれる一方、「個人事業の開業・廃業等届出書」は対象に含まれていません。
出典:e-Taxソフト(WEB版)で作成可能な手続【パソコン】|【e-Tax】国税電子申告・納税システム
https://www.e-tax.nta.go.jp/e-taxsoftweb/e-taxweb_procedure.htm
開業届をe-Taxで作成・送信するには、パソコンにインストールして使う従来型の「e-Taxソフト」(WEB版とは別のダウンロード型ソフトウェア)を利用する必要があります。
「開業届e-Taxどこ」と検索しても見当たらないのは、この仕様の違いが原因です。
パソコンでe-Taxソフトを使って作成・提出する手順
パソコンからe-Taxソフトを使って開業届を提出する場合、おおまかな流れは次のとおりです。
- ・e-Taxの公式サイトから「e-Taxソフト」をダウンロード・インストールする
- ・利用者識別番号を取得する(未取得の場合は開始届出書を作成・送信)
- ・ソフト上で「作成」→「申告・申請等」→「新規作成」を選び、「個人事業の開業・廃業等届出書」を選択する
- ・必要事項を入力し、マイナンバーカード等による電子署名を行って送信する
マイナンバーカード方式を利用する場合は、開始届出書の提出自体が不要になるため、利用者識別番号は初回ログイン時に取得できます。
出典:e-Taxの開始(変更等)届出書作成・提出コーナーについて|【e-Tax】国税電子申告・納税システム
https://www.e-tax.nta.go.jp/todokedesho/index.htm
スマホで開業届を提出する方法
国税庁公式のe-Taxスマホ版(ブラウザ版)は、先述のとおり開業届の作成に対応していません。
スマホのみで開業届の作成から提出まで完結させたい場合は、e-Tax連携機能を持つ民間の開業届作成サービスを利用するのが現実的な方法です。
パソコンで作業する場合でも、マイナンバーカードの読み取りに対応したスマホがあれば、ICカードリーダライタの代わりとして電子署名時に利用できます。
利用者識別番号の取得とマイナンバーカードの準備
e-Taxを初めて利用する際は、16桁の利用者識別番号の取得が必要です。
マイナンバーカード方式であれば、カードの読み取りとカード発行時に設定した4桁の暗証番号の入力でログインでき、利用者情報を入力すれば登録が完了します。
なお、従来使われていたID・パスワード方式は、令和7年10月1日から新規発行が停止されているため、これから開業届を提出する先生は、マイナンバーカード方式を前提に準備を進めるとよいでしょう。
開業届を提出する際の注意点|メリット・デメリット
開業届を出すかどうかで迷う先生は少ないかもしれませんが、提出することで生じる影響も把握したうえで手続きを進めておくと安心です。
提出するメリット|青色申告・屋号口座など
開業届を提出することで得られる主なメリットは、以下のとおりです。
- ・最大65万円の青色申告特別控除を受けられる(青色申告承認申請書との同時提出が前提)
- ・屋号名義の事業用銀行口座を開設できる
- ・小規模企業共済に加入できる
- ・開業の事実を証明する書類として、融資審査や各種手続きに活用できる
なかでも青色申告特別控除は、開業初年度の税負担に直結する項目です。
開業届の提出自体を後回しにしてしまうと、青色申告承認申請書の提出期限(原則として開業日から2か月以内)にも影響するため、早めの提出が結果的に節税につながります。
提出のデメリット・注意点|扶養・失業手当への影響
一方で、開業届を提出することで注意すべき点もあります。
- ・配偶者の扶養に入っている場合、事業所得の水準によっては扶養から外れる可能性がある
- ・勤務医時代の雇用保険の失業給付(基本手当)は、開業届を提出すると受給できなくなる
今すぐ提出すると、扶養や失業給付にどう影響するのか気になるという先生もいるかもしれません。判断に迷う場合は、開業日を確定させる前に、社会保険労務士や税理士に自身の収入見込みを踏まえて相談しておくと、後になって想定外の負担が生じるのを防げます。
よくある質問
Q.開業届を出さないとどうなりますか?
罰則はありませんが、青色申告の特典を受けられず、屋号口座の開設や各種証明としての活用もできません。
Q.開業届はいつまでに提出すればよいですか?
2026年1月1日以後の開業は、開業した年分の確定申告期限(原則翌年3月15日)までが期限です。
2025年以前の開業は、従来どおり開業日から1か月以内が期限となります。期限を過ぎても提出自体は可能ですが、青色申告の適用時期に影響する場合があります。
Q.開業届の控えはどのように受け取りますか?
窓口提出ではその場で収受印付きの控えを、郵送では返信用封筒を同封することで控えを受け取れます。
e-Tax提出の場合は、送信後にメッセージボックスへ格納される受信通知が控えの代わりになります。
まとめ:開業届は早めの準備で診療開始をスムーズに
開業届は、税務署に事業開始の事実を届け出るためのシンプルな書類ですが、診療所開設届や保険医療機関指定申請といった医療系の手続きと並行して進めるからこそ、提出先や期限を混同しやすいものです。
職業欄や事業の概要欄には医師ならではの記載の仕方があり、e-Taxで提出する際にも見落としやすい落とし穴があります。
まずは開業日を確定させ、青色申告承認申請書などの同時提出書類とあわせて準備を進めておけば、期限に追われることなく手続きを終えられるはずです。窓口・郵送・e-Taxのどの方法を選ぶかは、診療準備のスケジュールや手元の環境に合わせて決めれば問題ありません。
すべてを一度に完璧に整える必要はないので、まずは提出先の税務署と提出期限だけでも確認しておくと安心です。この記事が、先生ご自身のペースで開業準備を進めるための一助になれば幸いです。