脳神経外科医の先生方にとって、開業はキャリアの大きな転換点です。しかし、数千万円から億単位にのぼるMRIなどの設備投資がネックとなり、一歩を踏み出せないケースは少なくありません。
日々の緊急手術や当直業務による疲弊感と、「この働き方を50代、60代まで続けられるのか」という将来への不安。これらを解消し、かつ勤務医時代以上の年収とQOL(生活の質)を実現するためには、従来の「手術メイン」の発想から転換し、経営者としての戦略を持つ必要があります。
本記事では、脳神経外科特有の開業事情、年収の現実、そして「手術をしない」新しい成功モデルについて、具体的なデータを交えて解説します。
目次
脳神経外科医が開業した場合の年収相場と勤務医との比較
脳神経外科医が開業を検討する際、最も気になるのが「リスクに見合うだけのリターン(年収)があるか」という点でしょう。勤務医としての給与水準が比較的高い診療科であるからこそ、開業による年収の変化はシビアに見極める必要があります。ここでは、統計データと現場の肌感覚に基づいた年収のリアルについて解説します。
開業医の平均年収と「勝ち組」の到達ライン
厚生労働省の医療経済実態調査などのデータを総合すると、開業医全体の平均年収は約2,500万円〜2,800万円程度と言われています。しかし、脳神経外科に関しては、設備投資の有無によってこの数字は大きく変動します。
MRIやCTを導入し、画像診断加算を適切に算定できているクリニックの場合、軌道に乗れば年収3,000万円〜5,000万円のラインは十分に狙えます。さらに、脳ドックなどの自費診療や、リハビリテーションを大規模に展開する「勝ち組」のクリニックでは、法人利益を含めて年収(役員報酬+法人留保)が5,000万円を超えるケースも珍しくありません。
一方で、集患に苦戦したり、機器のリース代が経営を圧迫したりしている場合、勤務医時代と同等、あるいはそれ以下の年収(1,500万円前後)に留まるリスクも存在します。
勤務医を続けた場合と開業した場合の生涯年収格差
勤務医(病院長や副院長クラスを除く)の場合、年収は1,500万円〜2,000万円程度で頭打ちになる傾向があります。50代以降、役職定年などで給与が下がる可能性も考慮しなければなりません。
対して開業医には定年がありません。仮に40代半ばで開業し、70代まで現役を続けた場合、勤務医との生涯年収の差は数億円に開く可能性があります。特に脳神経外科は、専門性が高く競合が内科ほど多くないため、地域での信頼を確立できれば、長期的に安定した収益が見込める診療科です。
売り上げが高くても手取りが減る?借入返済を考慮したキャッシュフローの現実
「年収(利益)」と「手元に残るお金(キャッシュフロー)」は別物であることを理解しておく必要があります。
脳神経外科の開業は、MRI本体工事やシールド工事などで初期投資が1億円近くになることもあります。
帳簿上は「利益」が出ていて税金が発生しても、実際にはそこから多額の「借入金返済」を行わなければなりません。
- 売上:1億円
- 経費:6,000万円
- 利益:4,000万円(ここから税金を払う)
- 借入返済:年間1,500万円
このように、利益が出ていても返済負担が重ければ、手元に残る現金は勤務医時代と変わらない、あるいは一時的に減る時期があることも覚悟しなければなりません。成功の鍵は、開業後最短で損益分岐点を超える事業計画にあります。
【引用元】
厚生労働省(第24回医療経済実態調査の報告)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/database/zenpan/jittaityousa/24_houkoku.html
厚生労働省(令和4年賃金構造基本統計調査)
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2022/index.html
脳外科開業の最大ハードル「高額医療機器」の導入判断と収益性

脳神経外科クリニックの心臓部とも言えるのが、MRIやCTなどの画像診断機器です。しかし、これらは莫大な初期コストと維持費がかかります。「入れるべきか、入れざるべきか」。この判断が経営の命運を分けます。ここでは、機器導入のコスト対効果について深掘りします。
1.5テスラMRIやCTの導入費用とランニングコストの目安
脳神経外科を標榜する以上、診断の質を担保するためにMRIは必須と考える医師が大半です。特に近年のトレンドでは、画質と撮影時間を考慮し、1.5テスラ以上のMRIを導入するケースが増えています。
主な導入コスト目安(新品導入の場合)
- 1.5テスラ MRI本体:4,000万円〜8,000万円
- 磁気シールド・搬入工事費:1,000万円〜2,000万円
- CT(16列〜):1,000万円〜2,000万円
これに加え、年間保守契約(メンテナンス費)が年間数百万円かかります。また、MRIを稼働させるための電気代も無視できないランニングコストとなります。
損益分岐点はどこか?機器導入による診療単価アップのROI試算
高額なコストをかけてでも導入するメリットは、圧倒的な「診療単価の向上」です。
一般的な内科の平均単価が3,000〜4,000円程度であるのに対し、MRI撮影を行った脳神経外科の単価は、初診料や管理料を含めると10,000円〜15,000円近くになります。
簡易シミュレーション
- MRI撮影件数:1日10件
- 稼働日数:月20日
- 月間撮影件数:200件
- 撮影による増収分:約200万円〜/月
このように、1日あたり一定数以上の撮影件数を確保できれば、リース代や保守費を払っても十分な利益が出ます。目安として、1日平均5〜7件以上の撮影が見込める立地や集患力があれば、導入のROI(投資対効果)はプラスに転じます。
あえて「MRIなし」で開業する選択肢とそのメリット・デメリット
最近では、リスクを最小限に抑えるために「MRIなし」で開業するスタイルも一部で見られます。
- メリット:初期投資が内科並み(2,000〜3,000万円程度)で済み、借金リスクが低い。テナント選びの自由度が高い。
- デメリット:即日検査ができないため、患者満足度が下がる。「頭痛外来」などを掲げても、他院への紹介が必要となり、再診率が下がるリスクがある。
「MRIなし」を選択する場合は、近隣に即日撮影可能な画像診断センターがあることや、提携病院との強固な連携パスがあることが絶対条件となります。
「手術なし」でも高収益を狙える3つの開業モデル

「脳神経外科=手術」というイメージは、開業においては必ずしも正解ではありません。むしろ、手術設備を持たないクリニックの方が、経営効率が良いケースが多く見られます。ここでは、手術室を持たずに高収益を上げる3つの主要モデルを紹介します。
需要急増中の「頭痛専門外来」で集患する高回転モデル
現在、最も注目されているのが「頭痛専門外来」です。慢性頭痛に悩む患者数は極めて多く、潜在的なニーズは計り知れません。
- 特徴:命に関わらないがQOLを著しく下げる「片頭痛」などの患者層をターゲットにする。
- 収益構造:MRIによる除外診断(高単価)+新規片頭痛治療薬(CGRP関連製剤など)の処方・管理。
- メリット:口コミで広がりやすく、遠方からの来院も見込める。比較的若い患者層が多く、WEBマーケティングとの相性が良い。
特に、CGRP関連製剤の登場により、薬物療法での満足度が向上しており、定期的な通院につながりやすくなっています。
予防医療ニーズを取り込む「脳ドック」特化型の高単価モデル
病気の人を治すのではなく、健康な人を対象にする「脳ドック」も有力な収益の柱です。
- 特徴:全額自費診療(自由診療)であるため、価格設定の自由度が高い。
- 収益構造:1件あたり2万円〜5万円程度のドックコースを設定。保険診療の合間に予約制で撮影枠を埋めることで、MRIの稼働率を最大化する。
- メリット:レセプト請求の手間がなく、現金収入が即座に入る。企業の福利厚生としての契約が取れれば安定収益になる。
脳卒中後遺症や整形外科領域もカバーする「リハビリ併設」モデル
脳卒中後の維持期リハビリテーション難民を受け入れるモデルです。
- 特徴:理学療法士(PT)や作業療法士(OT)を雇用し、広いリハビリ室を設ける。
- 収益構造:運動器リハビリテーション料や脳血管疾患等リハビリテーション料の算定。医師の診察だけでなく、セラピストが稼働することで収益を生む。
- メリット:高齢化社会において需要が途切れない。患者との接触頻度が高く、かかりつけ医としての信頼関係を築きやすい。
ただし、広い物件が必要になるため家賃負担が増える点と、セラピストの採用・マネジメントが課題となります。
【引用元】
厚生労働省(医療施設調査・病院報告の概況)
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/79-1a.html
日本頭痛学会(頭痛専門医一覧・認定施設)※専門外来の増加傾向の参考として
https://www.jhsnet.net/ichiran.html
緊急手術からの解放:開業後の生活変化とキャリアの持続性
多くの脳神経外科医が開業を決意する最大の動機は、おそらく「時間的拘束からの解放」でしょう。勤務医時代には当たり前だった過酷な環境が、開業によってどのように変化するのか、QOLとキャリアの持続性の観点から見ていきます。
当直・オンコールなしの生活がもたらすQOL(生活の質)の変化
有床診療所(ベッドあり)にしない限り、開業医には基本的に「当直」がありません。夜間の緊急呼び出しにおびえることなく、毎日自宅のベッドで朝まで眠れることは、脳神経外科医にとって劇的な変化です。
- 家族との時間:週末や祝日を家族と過ごせるようになります。
- 体調管理:不規則な生活による健康リスクが低減します。
- 精神的余裕:常に緊張状態にあるストレスから解放され、患者一人ひとりと向き合う精神的な余裕が生まれます。
体力的なピークを過ぎた50代以降も続けられる「かかりつけ医」としての働き方
脳神経外科の手術、特に顕微鏡下手術などは、高度な集中力と体力を要します。加齢による視力や手先の感覚の衰えは、外科医にとって避けられない課題です。
開業し「診断と保存的治療」にシフトすることで、外科医としての寿命とは異なる軸で、医師としてのキャリアを長く続けることが可能になります。認知症診療や生活習慣病管理など、脳神経外科の知識をベースにした内科的アプローチは、高齢化社会において極めて重要性が高い分野です。
医局を離れても地域医療連携で孤立しないための病診連携のポイント
「手術をしないと腕が落ちる」「最前線から退くようで寂しい」と感じる方もいるかもしれません。しかし、開業医は「ゲートキーパー」として極めて重要な役割を担います。
くも膜下出血や脳梗塞の初期症状を見逃さず、迅速に基幹病院へ送る判断は、経験豊富な脳神経外科医にしかできません。かつての勤務先や近隣の中核病院と緊密な「病診連携」を築くことで、地域医療チームの一員としてのやりがいを維持し続けることができます。
開業に失敗しないために押さえておくべきリスクと対策
夢のある開業ですが、当然リスクも存在します。特に脳神経外科クリニックは、一般内科に比べて損益分岐点が高いため、経営の舵取りを誤ると大きな痛手を負います。最後に、必ず押さえておくべきリスクと対策を解説します。
放射線技師の採用難易度と人件費高騰への対策
MRIを稼働させるには、診療放射線技師の存在が不可欠です。しかし、昨今は技師の採用難易度が上がっており、人件費も高騰傾向にあります。
- 対策:開業前から人材紹介会社だけでなく、個人的なツテをたどって確保に動く。
- 対策:院長自身も最低限の撮影ができるようトレーニングを受けておく(万が一の欠員時対応)。
- 対策:遠隔読影サービスなどを活用し、常勤医師の負担を減らす環境を提示して採用力を高める。
競合クリニックや近隣の総合病院との商圏バッティング回避術
MRIを持つクリニックが近隣に複数ある場合、患者の奪い合いになります。また、総合病院のすぐ近くで開業しても、「それなら病院の大病院で撮ってもらう」と患者が流れてしまう可能性があります。
- 対策:徹底的な診療圏調査を行う。人口だけでなく、競合のMRI保有状況、その機種(テスラ数)、稼働状況までリサーチする。
- 対策:総合病院とは「競合」ではなく「連携」できる距離感(車で15分〜30分程度)を狙う。病院側が「逆紹介」しやすい立地を選ぶ。
設備投資が重いため「撤退」が難しいリスクをどうヘッジするか
テナント内装と医療機器で1億円以上の借入がある場合、簡単に「辞める」という選択ができません。医療機器の中古市場は存在しますが、MRIの移設・撤去には数百万円単位の費用がかかるため、売却しても借金だけが残るケースがあります。
- 対策:開業当初は必要最小限のスペックから始める。
- 対策:医師会活動などに積極的に参加し、万が一の際の事業承継(M&A)先候補とのネットワークを作っておく。
- 対策:自己資金比率を高め、金利上昇リスクに備える。
【引用元】
日本政策金融公庫(創業の手引+(プラス))
https://www.jfc.go.jp/n/finance/sougyou/index.html
まとめ:年収アップとQOL向上の両立を目指して、まずは資金計画のシミュレーションを
脳神経外科医の開業は、MRIなどの設備投資という高いハードルがある一方で、それを乗り越えた先には、勤務医時代には得られなかった「高収入」と「人間らしい生活」の両立が待っています。
特に、「頭痛外来」や「脳ドック」といった現代的なニーズに合わせた診療モデルを構築できれば、手術を行わなくとも、地域医療に貢献しながら安定した経営を行うことは十分に可能です。
まずは、ご自身の理想とする診療スタイルと、それに必要な資金、そして想定される収益を具体的にシミュレーションすることから始めてみてはいかがでしょうか。リスクを正しく恐れ、綿密な準備を行うことが、セカンドキャリア成功への第一歩です。