「昨日の緊急手術からそのまま当直に入り、もう30時間以上病院にいる……」
「家族との約束をまたドタキャンしてしまった。自分は何のために働いているのだろうか」
心臓血管外科医は、医師の中でも特に過酷な労働環境に置かれています。終わりのない緊急呼び出し、長時間に及ぶ手術、そして張り詰めた緊張感。その対価として得られる高い専門性とやりがいは代えがたいものですが、自身の健康や家族との時間を犠牲にしている現実に、ふと立ち止まる瞬間があるのではないでしょうか。
「メスを置く」ことは、決して逃げではありません。これまで培った高度な技術と経験を、別の形で社会に還元する「賢明なキャリア選択」です。
本記事では、激務に悩む心臓血管外科医に向けて、そのスキルを最大限に活かした「下肢静脈瘤クリニック」をはじめとする開業モデルや、勤務医時代以上の年収と人間らしい生活を両立させるための戦略を解説します。
目次
心臓血管外科医が「激務」を理由に開業を検討する3つの背景
心臓血管外科医が開業を考えるきっかけは、単なる肉体的な疲労だけではありません。将来への漠然とした不安や、ライフステージの変化に伴う価値観の変容が大きく関わっています。ここでは、多くの医師が直面する3つの背景について掘り下げます。
終わりのない緊急手術と当直による身体的・精神的限界
最も大きな要因は、物理的な限界です。心臓血管外科の手術は長時間に及び、術後管理も一瞬の油断も許されません。加えて、大動脈解離などの緊急手術は夜間・休日を問わず発生します。
20代、30代の頃は気力と体力で乗り切れても、年齢を重ねるにつれて「この生活を定年まで続けられるのか?」という不安が現実味を帯びてきます。自身の健康リスクを感じ始めた時、オンコールや当直のない生活への渇望が強くなるのは生理的な防衛反応とも言えるでしょう。
医局人事やポスト不足によるキャリアの不透明性
大学病院や基幹病院の心臓血管外科において、執刀医として第一線で活躍できるポストは限られています。どれほど技術を研鑽しても、医局の人事都合で関連病院へ出向になったり、希望する手術件数を確保できない環境へ異動になったりすることは珍しくありません。
「自分のキャリアを自分でコントロールしたい」という欲求は、技術職である外科医として健全なものです。組織の論理に振り回されず、自分の城を持ちたいと考えるのは自然な流れです。
「メスを置く」ことへの葛藤と、QOL重視への価値観の変化
心臓血管外科医にとって、心臓大血管手術の第一線から退くことは、アイデンティティの一部を失うような喪失感を伴います。「あの大手術の高揚感を手放していいのか」という葛藤は、誰もが抱くものです。
しかし、結婚や子育て、あるいは親の介護など、ライフステージが進むにつれて「仕事のやりがい」よりも「QOL(生活の質)」や「家族との時間」を優先したいという価値観の変化が訪れます。激務と引き換えにする名誉よりも、心穏やかな日常を選ぶことは、決して恥ずべきことではありません。
【引用元】
厚生労働省(医師の働き方改革について)
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000818136.pdf
心臓血管外科医のスキルを活かせる3つの開業モデル

「開業=一般内科」だけが選択肢ではありません。心臓血管外科医としての高度な手技や判断力は、特定の領域で強力な差別化要因となります。ここでは、特に親和性の高い3つのモデルを紹介します。
【下肢静脈瘤クリニック】外科手技の強みを最大化する高収益モデル
心臓血管外科医にとって、最もスムーズかつ高収益が見込めるのが「下肢静脈瘤クリニック」としての開業です。
- 技術の転用: 血管内焼灼術(レーザーや高周波)やグルー治療は、血管外科の手技に慣れた医師であれば比較的短期間で習得可能です。
- 高収益・短時間: 手術時間は短く、日帰り手術が基本です。保険診療に加え、自由診療のメニューも取り入れやすく、高い収益性を確保できます。
- QOLの確保: 予定手術のみでスケジュールを組めるため、緊急呼び出しや夜間診療が発生しません。
「血管のスペシャリスト」という看板は患者への訴求力も高く、最も推奨されるモデルの一つです。
【循環器内科・一般内科】術後管理経験を活かした生活習慣病管理
メスを完全に置く場合、循環器内科を中心とした一般内科での開業が王道です。
心臓血管外科医は、重症心不全の管理や術後の全身管理を行ってきた経験から、循環器疾患に対する深い洞察力を持っています。
「手術が必要なタイミングを見極められる内科医」や「大学病院との太いパイプを持つクリニック」としての立ち位置は、地域の患者にとって大きな安心材料となります。高血圧や糖尿病などの生活習慣病管理をベースに経営を安定させることが可能です。
【在宅医療・訪問診療】急変対応の判断力を活かした地域医療への貢献
高齢化社会において需要が急増しているのが在宅医療です。訪問診療の現場では、患者の容体が急変した際に「救急搬送すべきか、在宅で看取るべきか」の迅速な判断が求められます。
修羅場をくぐり抜けてきた心臓血管外科医の「決断力」と「全身管理能力」は、在宅医療の現場で重宝されます。また、褥瘡(じょくそう)処置などの外科的処置が必要な場面でも、外科出身であることは大きな強みとなります。
【引用元】
厚生労働省(在宅医療の現状について)
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000909712.pdf
開業後の「年収」と「働き方」の現実的なシミュレーション
開業によって得られるものは「自由」だけではありませんが、失うものもあります。ここでは、勤務医時代と比較した年収や働き方の変化について、現実的なシミュレーションを行います。
年収推移:勤務医時代の1,500万円水準を維持・向上させるには
心臓血管外科医(勤務医)の平均年収は1,500万円〜2,000万円程度と言われています。開業初年度は初期投資や集患のタイムラグにより一時的に年収が下がる可能性がありますが、軌道に乗れば勤務医時代以上の収入(2,000万円〜3,000万円以上)を目指すことは十分に可能です。
特に下肢静脈瘤の手術を行う場合、診療報酬点数が高いため、内科単科での開業に比べて収益性は高くなります。
ただし、経営者としての手腕が問われるため、「集患数」と「経費コントロール」が年収に直結することを意識する必要があります。
ワークライフバランス:当直・オンコールなしの生活による変化
最も劇的に変化するのは「時間の使い方」です。
- 勤務医時代: 週1〜2回の当直、休日のオンコール待機、長時間の手術で拘束。
- 開業医: 診療時間は基本的に9:00〜18:00(例)。休診日は完全にオフ。
夕食を家族と共に囲み、子供の学校行事に参加し、夜はベッドで朝まで眠る。こうした「当たり前の生活」が手に入ります。心身のストレスが激減することで、日々の診療においても患者に対して余裕を持って接することができるようになります。
開業資金の目安:高額機器導入のリスクと初期投資の抑え方
心臓血管外科医は高スペックな医療機器に慣れていますが、開業時にすべてを揃えるのはリスクが高いです。
- 内装・物件取得費: 1,500万〜2,000万円
- 医療機器: 1,000万〜3,000万円(CTやMRIを導入する場合、さらに高額になります)
- 運転資金: 1,000万円〜
初期投資を抑えるポイントは、CTやMRIなどの高額機器は近隣の病院と連携して「検査依頼」で済ませることです。下肢静脈瘤治療に必要なエコーやレーザー機器など、収益に直結する設備には投資し、それ以外はスモールスタートを切るのが経営の鉄則です。
【引用元】
厚生労働省(医療経済実態調査)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/database/zenpan/iryoukikan.html
元・心臓血管外科医が開業で失敗しないための3つのポイント

高い医療技術を持っていても、開業が成功するとは限りません。勤務医から「経営者」へとマインドを切り替えることが重要です。成功するための重要な3つのポイントを解説します。
「専門医」ブランドを地域住民に分かりやすく伝える集患戦略
「心臓血管外科専門医」という肩書きは、一般の患者さんには少し敷居が高く、何をしてくれる医師なのか伝わりにくい場合があります。
- NG例:「○○心臓血管外科クリニック」
- OK例:「○○ハートクリニック」「足の血管と心臓のクリニック」
専門用語を避け、「足のむくみ」「動悸・息切れ」「歩くと足が痛い」といった、患者の悩み(症状)にフォーカスした広告展開やWebサイト作りが重要です。「元大学病院の心臓外科医が診るから安心」という権威性を、親しみやすさで包んで発信しましょう。
職人気質からの脱却と「経営者・サービス業」としてのマインドセット
外科医は職人気質になりがちですが、開業医は「サービス業」の側面も持ちます。患者さんの話をよく聞き、スタッフをマネジメントし、収支を管理する能力が求められます。
特に、待ち時間の短縮や受付スタッフの対応など、医療行為以外の「患者体験(UX)」がクリニックの評判を左右します。「俺が治してやる」という上からの姿勢ではなく、「地域の患者さんに選んでもらう」という謙虚な経営者マインドへの転換が必要です。
医局との関係を悪化させずに円満退局するための準備とタイミング
開業地が現在の勤務先(医局の関連病院エリア)に近い場合、病診連携(病院と診療所の連携)は生命線となります。喧嘩別れをしてしまうと、紹介状のやり取りや検査依頼がスムーズにいかず、経営に悪影響を及ぼします。
- 退局の意向は最低でも半年〜1年前には伝える
- 後任人事の調整に協力する
- 開業後も元勤務先へ患者を紹介する姿勢を見せる
これまでの実績に感謝を示し、仁義を通すことが、結果として開業後の自分を助けることになります。
まとめ|激務から解放され、医師としての新しいやりがいを見つけよう
心臓血管外科医としてのキャリアは、何物にも代えがたい誇りです。しかし、その誇りを守るために、自分自身の人生をすり減らす必要はありません。
下肢静脈瘤治療や地域医療など、あなたの高度なスキルを必要としている場所は、大学病院の手術室以外にもたくさんあります。
「開業」という選択肢は、激務からの逃避ではなく、医師として、そして一人の人間として、より豊かに生きるための前向きな挑戦です。
まずは、開業コンサルタントへの相談や、物件情報の収集など、小さな一歩から始めてみてはいかがでしょうか。新しいステージでの活躍を、心から応援しています。